



1983年生、エロ漫画家、オーディオポルノ・アーティスト。1983年生、東京都新宿御苑前出身。2007年度東京外国語大学ヒンディー語専攻卒業。2008年頃よりエロ漫画原作/2013年頃からは絵師としても活動、また並行して2010年ごろより催眠音声と呼ばれるジャンルのオーディオポルノの製作に携わり始める。「日本一の変態」「IQ140のエロ漫画家経営者」などの異名を持つ。女装AV女優としても何本か出演している──。
以上が一応公的な自己紹介になってはいるのですが、これだけ読んでも何がなんだかさっぱり分からないでしょう。そもそも何をやっている会社なんだと。
シコシコギャングは二次元コンテンツを中心とした新しいポルノを社会に提案する製作会社です。ポルノと言いますとなんだか下世話なもの、取るに足らないものと思う方も少なくないかと思いますが、私たちはそう考えません。「性」はこの世で唯一、人間のクリエイションからライフスタイル、マインドセットに至るまで、人間の全体性に深い影響を及ぼしているコンテンツです。
「なるほどその考えには同意しよう。しかしあなたが大層に言うそのポルノとやらは性のある表面をなぞったモノに過ぎないじゃないか」と、そんな批判が聞こえてきそうです。
おっしゃる通りポルノは「即物的で」「浅く」「表面的で」「使い捨ての」「取るに足らない」「大衆娯楽あるいはそれ以下のもの」に過ぎないとされてきました。ところでそれはこうも考えることは出来ないでしょうか?「即物的で浅く表面的で使い捨ての取るに足らない大衆娯楽だからこそ、人間の集合的無意識が鮮やかに表現されるのではないか?」これは詭弁でしょうか。
大学を卒業してしばらくしたとき、芸術家として生きていくつもりだった私は生活難からどうしても就職せざるを得なくなりました。とはいえものぐさの私には普通の企業なんて到底無理そうでしたから、その時たまたま募集を出していた出版社ニ社のみを受けたのです。ひとつは知的エリートに向けて8000円の本を100部売る学術系出版。そしてもう一つは大衆に向けて女子アナのパンチラを380円で売るエロ本屋です。両方内定した私がどちらを取ったかは明白でした。「ヴ・ナロード!(人民の中へ!)」こうして私のエロ本屋としてのキャリアは始まったのです。
かつてバルトがモード論を書いたとき、論壇の反応は随分辛辣なモノだったようです。「思想家がファッションなんて軽薄なものを扱うのはいかがなものか?思想とはもっと重厚で、深淵たるものであるべきだ」今はそんな風に考える人など誰もいないでしょう。ポルノはどうでしょうか?
私たちチームがポルノを製作するのはある種の社会学的実験と言えます。ポルノは軽薄なものであるがゆえに社会情勢の影響を強く受けやすいのです。例えば「近年ヴィジュアルポルノによるレイプストーリーが比較的好まれなくなり、低年齢層を中心にオーディオポルノや母性・癒しといったキーワードの作品が好まれるようになったのはなぜなのか?」あるいは「いずれ男性の身体もまた女性の身体と同じように暗黒大陸として再発見されるこれはフェミニズムとどう関係するのだろうか?」「ポルノ作品はトランスジェンダーの未来を占うサイエンスフィクション足りえるか?」こうした問いに私たちチームは推論を繰り返し、商品として資本主義社会の中で実験を行いながら、作品表現を行っているのです。